自己肯定感ゼロから「自分大好き!」になるまでの道〜中編〜

さて、長年の外見コンプレックスが加速し鏡を見ると吐き気がしたり涙が止まらなくなってうろうろあるきまわったり、メジャーを使って自分の身体のあちこちのサイズを計っては理想の体型との差に落胆していた私は、とうとう大学病院の精神科に行きました。当時は心のクリニックやカウンセリングルームなどが今ほど身近に無かったのです。

精神科では医師がただ静かに私の話を聞いてくれました。時々「それでどう思ったのですか」とか「どうぞ続けて」と言うくらい。私は長年溜め込んでいた思いを吐き出し続けました。そして4回目くらいの診察の時にインターンの若い先生たちが4〜5人入ってきました。「今日は研修のためインターンが同席します」

いつものように促されて自分の辛さを語る私の一言一句も聞き逃さず必死でメモを取る同世代の先生たちは、私の言葉をぶつぶつ復唱したり、追いつけずに「すみません、今言った言葉をもう一度お願いします」などと言いながら額に汗をかいて頑張っています。

私は段々自分の言っていることが滑稽に思えてきて、苦しい思いから抜け出してこの状況を俯瞰し始めました。まるで私の目だけが体を抜け出して、天井からこの部屋全体を見ているような感覚。

その時感じたことは「この人たちと私が一体どれくらい違うというのだろうか?」「2本の足で立ち、目、鼻、口があって、外国人が見たら見分けがつかないかもしれないのに、私だけがブサイクで価値がないなんてことあるだろうか」

そしてその時事件は起こりました!

「ぐぅぅぅ〜きゅるるる〜」

1人のインターンのお腹が鳴ったのです!!きっととてもお腹が空いていたのですね!

私はくすっと笑ってしまいました。

そして次回の診察の予約をすっぽかして(大変申し訳なかったのですが)、2度と行くことはありませんでした。

この時私は25年後に学ぶマインドフルネスの大切な視点である

「状況を俯瞰する」「自分の苦しみや欠点を誰もが持ち得る普遍的なものと捉える」という事を自然と体験していたのでした。

今思い返しても、幼少期からこの精神科での体験までの全てが神様が用意してくれた偉大なカリキュラムとしか思えません。

後編では50歳になってとうとうコンプレックスとトラウマをひっくり返して自分大好き!な私になり、母への思い、家族関係、周囲の人との付き合い方、私の世界が180度変わるまでをお話ししますね。

読んでくださってありがとうございます。